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ロラとロルの神様さがし ――前篇:聞き取り調査――
朗読・michiko
10:神様はどこにでもいるよ
こどもがそだつためには、まだ一人では生きていけない、そのこどもを護るものが必要です。それがお父さんお母さんのわけですが、そのお父さん、お母さんをさらに護るものも必要です。子育てはとても大変で、いろいろと危険も多いからです。ロラたちは、アカゲラのカランが言った、「お父さん、お母さんから神様の姿が透けて見える」という言葉に注意しました。つまりそこにいるはずの優しい、大きなものが、神様、この場合なら森の神様ではないかと感じたのです。
「問題は、お父さん、お母さんがこの優しい、おおきなもの、神様の影?そういうものを感じてるのか、感じるだけじゃなくて頼りにしてるかってことね。」
リリーは、〈つぎのフィールド〉の相談がすんだとき、こう言いました。ロラたちも、それがまさに「聞き取り」のかだいだと思いました。つまり、お母さん、お父さんが、子育て中に、神様を感じる、そういうことがあるのかどうかということです。
リリーはちょっと考えて、こう言いました。
「わたし、父さん、母さんと別れたの、すごく早かったから、あんまりおぼえてないけど、でもそこにはたしかに〈大きな優しさ〉みたいな気配はあった。それはおぼえてる。キビオはどう?」
「ぼくも……そうだね、それはあったと思うよ。」
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太陽に近づいていくロラとロル |
こうキビオが言うと、ロラとロルは顔を見合わせました。ふたりもたしかにそういう経験があったように感じたからです。それはお日様を、太陽系のはしっこから見た時で、たしかにとてもあたたかい、優しいものに包まれる気配がありました。お日様そのものは、まだとても小さかったのです。でもそれは、大きな優しさで二人を包んでくれるように見えました。ところが……ここでむじゅんが起きます。つまり……お日様に近づいて、それがぐんぐん大きくなると、優しさではなく、怖さがさき立つようになったのです。でも二人は、このことはキビオたちには言わないでおきました。お日様が近くから見たらすごく怖いというのは、キビオたちの知らない世界ですから、だまっておいて、「お日様のやさしいイメージをこわさない」方がいいと思ったからです。でも……ひょっとして生き物たちの子育てでも、この「小さく見えるけどやさしい、ちかづくと大きくてこわい」ということが起きているのかどうか、そのことはしっかり確かめようと思ったのです。
それともう一つ、ロラたちにはたしかめたいことがありました。それはこどもが父さん、母さんをもうそれほど必要としなくなった時、ぎゃくのことが起きるかどうかということです。つまり巣立ちということですが、その時、〈大きな優しいもの〉がすうっとどこかに消えてしまう、そして「普通の」大人になってしまうのかどうか、それが知りたいことでした。たしかにキビオとホシの〈巣立ち〉の体験は少し聞きました。その時、〈風の神様〉のことも話題になりましたが、それが「形式的なしきたり」だという意味のことも二人は言っていたからです。それで、ロラは少し遠回しに聞いてみました。子供のそういう感じ、神様が近い感じは、大人になるとどうなるのかということです。キビオはちょっと考えてこう答えました。
「ボクは……そうだね、自分がまだかんぜんに独り立ちしていないかなって、よく感じる。お友だちに頼ったり……人間のヨシとみっちゃんも好きだし……なんかこわいのかなとか時々思う。」
「つまり……あたりまえの大人になることが?」
ロラが優しく聞きました。すこしお母さんっぽい顔をしてるなとロルは思って、内心おかしくなりましたが、できるだけ笑わないようにしています。
「うん……そうかもしれない。もちろんもう一人で生きていけるし、そうしてるよ。でも……なんていうのかな……」
リリーが突然、すごく悲しそうな顔をしてみせます。
「かのじょだって、いないし、でしょ……」
でもすぐ愉快そうに、キキキッと笑いました。
「まあ、それもあるけど……もっとなんていうか……」
キビオはもどかしそうな顔をします。リリーはすぐ真顔に戻りました。
「わかる気がするよ。神様の気配がいつもしてるわけじゃない、でも〈大きな優しさ〉はあたりまえのように感じて、信じて、そしてしあわせだなっていつもどこかで思ってる。それが消えるのがこわいんでしょ。わたしもそうだよ。」
リリーはこう言って、またキキキッと笑います。
「でも、わたしまだかれし、いないのもたしかだし、それもさびしい。」
これで子育てに続く、次の課題が見つかりました。つまり、巣立ちと神様の気配、〈おおきな優しさ〉との関係です。キビオもリリーも、じつはこの点ではすこしコンプレックスを持っていました。キビオは〈なんとなく若者にになって〉、森に放されたわけですし、リリーも似たような体験を持った子だったからです(森で死にかけていたところを、獣医さんに拾われたのです)。ホシ君は、父さん、母さんは亡くしてしまいましたが、その時はもう幼鳥で巣立ち寸前でしたので、二人の気持ちはなんとなくわかったようです。それでこう言いました。
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崖の上からお日さまを見ているホシ |
「ぼくは巣立ちは一人でやらなくちゃいけなかった。だからやっぱり不完全だったかもしれない。でも……思いだしてみると、普通の大人になるっていう、そういう感じはなかったよ。それに〈大きな優しさ〉もずっとすぐそばにいた……そう感じた。風の神様に祈ったのは、かなり形式的だったって前に言ったよね。でもお日様はちがうよ。ボクの巣立ちは、巣のあったしげみの上の岩壁からだったけど、ちょっときんちょうしてお日様を見たら、にこにこ笑って、だいじょうぶ、みんなやったのよって、そう言ってくれた……気がした……だからね、いまでも崖の上から飛ぶ時には、お日様を見て、『今日も元気です、ありがとう、お日様』ってこころの中で言ってから飛ぶ癖がついたよ。でも……そうだね、それはぼくのこじんてきたいけんかもしれないから、やっぱり実際にみてみないといけないね。」
これで三つの課題が見つかりました。まず子供の気持ち、そしてお母さん、お父さんの子育て体験、さらに巣立ちの三つです。どれもが「生き物のせいちょう」の区切りだということはよくわかりました。そのだいじないのちのいとなみに、〈大きな優しさ〉、そしてその気配がどういうふうにはたらいているのか、それをさぐることが次のテーマになったのです。
「それじゃあ、しっかり聞き取りして、せいかはわたしにも教えてね。」
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雪山のライチョウ |
あとでわかったのですが、このお母さんはドナという名前で、あのアホウドリのアルバが、雪山になったこの山を越えた時、お日様に祈っているのを聞いたあのライチョウでした。わたしはずっといぜん、やはり雪山でライチョウのお母さんに会いました。ドナさんではありませんが、ドナさんも冬にはこんな感じだと思います。そして新しい年を迎えると、だいたいこういう風に、お山の神様にあいさつをしているはずです。
〈つめたいおやま おかげでひとり
ひとりであんぜん あったかぽかぽか
はねげにつつまれ こころははるやま
はねげにつつまれ こころはなつやま
たくさんうんで たくさんそだてて
しあわせたくさん それでもけっきょく
ひとりはひとり ひとりになって
こうしてみるのは つめたいおやま
おやまのかみさま
そくさいに しあわせにいきております
しんねん おめでとうございます〉(『日本の風景』より)
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子育て中のライチョウ母子、ドナとカロ |
しかしいまは、子育て中の秋ですので(少しライチョウの子育てには遅い季節なのが気になりますが)、ロラたちが会った時には、こんな感じだったようです(あとで話を聞いて想像で描いてみました)。他の子は巣立ちしたのですが、末っ子のカロはからだも小さく、まだお母さんを頼りにしていました。
「そう、こんなかんじ。」
絵をのぞきこんだロラがこう言ってくれました。
「でもね、さいしょホシは、いないな、みんなもういないみたいだ、とか言ってたの。」
ロルこうが言いますので、「へえ、どうして」と聞くと、どうやらハヤブサのせいのようでした。いつものハイマツ帯をホシはまずめざしたのですが、その途中の、まだ登山客もいる山の中腹にかかった時、尾根の上でハヤブサが舞っているのに気がついたらしいのです。
「まだ遠いけど、注意しておこうよ。」
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向こうの尾根を見ている夏鳥のライチョウ、ドナ |
ホシは小声でうしろのキビオにささやいて、すうっと高度を落とします。キビオもハヤブサと地震と雷と苦い虫は大の苦手ですので、あわててついて行きます。ロラたちはと言いますと、じつはハヤブサのヒナとお話ししたことがあって、いい鳥だなと思っていたのですが、それはだまっておいて、ともかくいっしょに避難することにしました。それで山小屋や登山道があるあたりの林をめざして降りていきますと、少しはなれた崖際の茂みから「ホロホロホロ」ととても澄んだ鳴き声が聞こえます。ホシはあれっという顔をしました。もうしげみのすぐ上まで来ていたのですが、そこに面白いぎざぎざ模様のたくさんある、首の細い鳥がうずくまっていて、しきりに上を見ているのです。それがお母さんのドナさんでした。
「ドナ、だいじょうぶだよ。尾根の向こうに飛んでいったよ。」
ホシがこう言いながらすぐ前の切り株に留まりますと、ドナはほっとした顔をしました。それで紹介が始まって、みんなまたすぐ「おともだちのおともだちはおともだち」になったのですが、ロラたちのらいほうの目的が、「子育てと神様の関係」だと聞くと、ちょっとあわてた様子でした。そして、「いないの。もうみんな巣立ったのよ」となんだかもじもじします。ロラたちはちょっとがっかりしたのですが、すぐ近くのしげみから、かわいい声がしました。
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しげみの中のライチョウのヒナ、カロ |
「ハイマツの神様? それともお山の神様? 神様はたくさんいるよ。」
しげみががさっと動くと、小さなヒナが笑っていました。それがカロだったのです。
「わっ、かわいいなって思ったけど、でも……すごいなって思った。」
ロラはその時のことを思い出して笑いました。
「だって、いきなりほんだいに入るんですもの。なみの子じゃないなって、すぐわかった。」
「そうだよね、かしこい子だったね。ほとんど、ぼくと同じくらい。」
ロルもにこにこ同意します。
それで……どういうほんだいに入ったのか、大きなせいかがあったのかなかったのか、それは次回に詳しくお話しますから、楽しみにしていて下さい。今月のお話はこれでおしまいです。
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