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ロラとロルの神様さがし ――前篇:聞き取り調査――
朗読・michiko
2:神様さがしのはじまり
山荘でのお話の続きです。富士山は遠くから見ると、あんなに神々しいのに、登ってみるとどこにも神様はいない。気配もしない。それはなぜかということを、ロラたちと考え始めたのでした。
「ヨシはでも神様見たんでしょ?」
突然ロルがわたしにこう聞くので、どきっとしました。
「ほら……〈沼の神様〉。精霊たちと一緒に火の山に祈った偉い方。」
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火の山に祈る沼の神と その眷属の精霊たち |
ロラがじれったそうに言います。あ、そうかと思いました。わたしのお話は、仲間の生き物たちから聞いたお話がほとんどで、〈沼の神様〉のこともそうでした。火山噴火の火砕流に巻き込まれてしまう神様です。絵をお見せしておきましょう。
このお話は、チングルマのクラから聞きました。お花畑を尾根近くの崖で見つけて、そこでお話ししたのです。書いているうちに熱中して、「見てきた」ようにお話ししてしまったのを、姉弟は誤解したようです。悪いなと思いましたが、ありのままを話して、見たのはクラたちで、わたしはそれを〈聞き書き〉しただけだと種明かししました。ロラもロルも顔を見合わせて、すごくがっかりした様子です。すごくすまない気持ちになりました。リリーがすぐ聞きました。
「じゃあ……あの神様は? 最近ここに来たでしょ。もうすごく歳をとってらして、家に帰れなくなったりしてたけど……」
これは、近くにある縄文時代から続いているらしい、古い小さな洞窟の神様です。たしかにわたしの山荘をたずねてくれたりしましたが、「化身」あるいは「名代」としてです。つまり……普通のおじいさんに、ふっと「神気」がやどってみえるということで……これも昔からある現象です。そう説明すると、リリーはちょっと不満そうな顔をしました。
「でも……連れて帰ってあげたら、祠の前ですっと消えたよ。だから神様だってわかった。」
「それはね……もうひとつの現象……記憶の〈精神化作用〉と関係してるんだ……」
これは……すごく「本質的」で、そしてしばしば見られる現象です。あまり注目されていないのですが……つまりは、神様に会ったという確信は、さいしょはとてもあやふやでも、記憶とともに育っていくという、とても不思議な特徴を持っているのです。
「だからね……それをたどって、元にいくと……だんだんにそうかな、そうだったのかなってあやしくなる。消えたみたいに見えたのは、林道の曲がり角で急に森に入ったからじゃないかって……」
リリーは混乱したようでしたが、しばらく思い合わせて、「うん……たしかにそういうとこ、あった……」と認めてくれました。リリーもなんだかがっかりした顔をしています。また悪いことをしたなと感じましたが、「真実」なので仕方ありません。
「ぼくは……俗人っていうか、あんまりいつもは神様とか気にしないんだけど、でもふっとすごく近くに気配を感じるよ。見えないけど、気配はすごくいいなって……ほら、あのかくれんぼの時……」
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シダの森でかくれんぼ。ロラとロル、キビオたち |
キビオがこう言うと、ロラとロルの顔がぱっと明るくなりました。キビオはお友だちといっしょに渡りをして、その渡りが「新しい道を探す渡り」だったので、まず屋久島で冬越しをしたそうなのです。その時、ロラとロルも屋久島で「ネント」という子の足跡を「調査」していて(もじどおりの足跡です、仏足の一種らしいのです)、キビオたちと出会い、しばらく森で遊んだようでした。その遊びの一つが、「いてもいないかくれんぼ」で、それはシダのたくさんしげった森で、「自分はここにいるけど、べつのところにもいる、そこでとてもだいじなことに向き合っている」と、こころに思い続けるのだそうです。すると、「鬼」にぜったいに見つからなくなる……かもしれないという、魔法というか呪文のようなもので、だいたい「あともうちょっと」で失敗する、それを楽しむ遊びのようでした。あとで描いてみました。だいたいこんな感じかなと思います。
「それ、なんかいまのお話に似てる。」
リリーはその遊びの「こつ」を聞くと、すぐこう言います。
「つまり……いるけど……いない。いないように見えて……いる。」
ロラがこう言って、またぱっと明るい顔になりました。
「なんだ。じゃあ……かくれんぼしてるんだ。神様は〈いてもいない〉呪文を知ってるのね。かんぺきにマスターしたのね。だから気配だけで、すがたが見えない。」
「ということは……神様はいつもぼんやりほかのことを思ってる、ここじゃないほかのところのことを思ってる。だから神様になった……」
ロルはこう言って、くすくす笑いました。
「じゃあ、ぼく、神様かなあ。だって、いまここにいるのに、ここのことじゃなくて、あってない神様のことばっかり考えてたから。」
「あ、だからロル、見えなかったよ。さっき消えてた。」
キビオも笑いながら「証言」しました。わたしはみんなの気分が明るくなったのがうれしかったので、ちょっと関係がありそうな絵を探してみました。シカが山の尾根を見ている絵です。
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シカと山並み |
「神様は隠れているのかもしれない。もういないのかもしれない。でもね、気配はこうして大きな風景の中にみなぎっている。気配が漂っているのは、ずっと遠くかもしれない。でも見ようとして見えないほど、感じようとして感じられないほど遠くじゃない。それがとても大事なことだとボクは思うんだ。」
じっと絵を見ていたリリーが、にこっと笑って変なことを言いました。
「つまり、紙の裏に隠れたりはしてないってこと?」
「あ、それだと近すぎるよ。絵からはものすごく遠くて、ボクたちからは近すぎる。」
キビオがなかなかうがったことを言ってくすくす笑います。ロラもほほえんで、そしてびっくりするようなことを言いました。
「つまり、神様もこの日本、お日様の近くのこの国じゃ、世界内存在だってことね。遠くても、隠れてても、このただ一つの世界の中。」
「へえ……ロラ、ハイデガー読んだんだ……」
わたしがあきれていると、ロルがちょこちょこ袖を引いて、横の書棚をさしました。そこにはたしかに、わたしが学生時代から持っている、茶色く焼けてしまった、ハイデガー師の原書があります。
「おねえちゃん、さいきん図書館にこってるの。ふらっと窓から入って、ヨシの推薦図書とか、よく探してるよ。」
これがタネあかしでした。そうか、ひかりのこどもたちは、わたしたち人間の、「せいしんのひかり」も気にしてるんだなとわかって、なんだかうれしくなります。
「あ、なかまうちでもりあがってる。ずるいな。」
リリーがにやにやしますので、ちょっと説明しました。そんなに難しいことではありません。この世界の中には、わたしたちがいて、そしてそのわたしたちを見守る神様もいる、精霊もいる、みんなこのただ一つの世界の仲間たちだという、そういう見方です。
「ただちょっと難しいのはね、それはまったく間違いで、世界をこえたところに神様がいて、そしてただそこにいるだけじゃなくて、この世界を思いのままに造った、そして……まあ、そうお話は続くんだけど、神様に似た人間に、じゃあ好きなようにしてみなさいってまかせたっていう、そういう考え方もあるんだ。超越神って難しい言葉を使うけど、まあ……キビオの今の冗談を使うと、紙の中にはいないで、紙の上か裏あたりから、じっと絵を見てるわけだね。」
「あれ? だってそれ、ボクたちじゃない?」
ロルがこう言います。これもなかなか「うがった」感想でした。
「そう。だからね、ボクたちは〈超越者の似姿〉だっていう、そういう考え方が生まれていくんだ。ほとんど自然にね。でもぎゃくも自然だよ。つまりこの絵はすばらしい、それは事実だとして(「あ、作者の自慢」とリリーの声)……まあそう仮定してだね、するとすばらしい絵の世界にひたって入ってしまうだろう。ほとんどこのシカさんの気分でね。するとほら、もう紙の外も裏もなくなる。世界―紙―内存在になるわけだね。」
「あ、それもかくれんぼだね。ここにいて、でもむこうのことを考えてる。」
ロラもなにか「悟った」のかもしれません。とても明るいほがらかな顔をしています。
「でもやっぱり、ボクは神様が見たいなあ……お日様が神様なら、お日様がほんとうにやさしくほほえむところを見て、じーんときて、ああ地球にきてよかったなって、そう感じたい。」
「感じて、憧れて、見たくなって、さがして、見て、感じて、じーんとくるのね。」
リリーがまとめてくれました。わたしたちはまた出発点にもどったようです。つまり……神様をさがして、見てみたいということ……
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クマの親子と冬山、冬のお日様 |
わたしはもう一枚、風景の中の神様の気配、つまり「世界内存在」の神様の気韻の絵を見せました。冬景色の山とお日様の絵です。
「これはね、さっきのミノムシ君と同じくらいの距離だよ。同じくらいのところに神様の気配がある。」
「わかった。つまり冬のお日様だからだね。すごくありがたい、あたたかい光。でももっとあたたかくなるよって、そう約束してくれてる。」
リリーがこう言うと、ロラはうなずいて……「ちょうむずかしい」ことを言いました。
「つまり、内存在の構造は時間性によって規定されるからね。今は冬なのに、もう春の〈到来〉をそこに感じてる。ハイデガーさんの好きだったエックハルトっていう人は、〈冬にバラを思えば、神様に近づける〉って言ってるそうよ。」
みんな目を丸くしましたが……でも「冬のバラ」はとてもいい比喩だということはすぐわかったようです。
「近づけるっていうことは……すごく近づいた子と、かなりの子と、まだまだの子といるわけだよね。」
ロルがちょっと難しい顔をしました。ロルは男の子のせいか、ときどきとてもロジカルになることがあります。そのときはちょっと難しい顔をするのです。ロラはもちろんお姉さんで女の子です。でも宇宙と星の動きをずっと見てきて、「りくつずき」なところもある子なので、すぐ賛成しました。
「それ、すごくいいね。ちょっと伝言ゲームみたいなとこある。」
「ね、そうだよね。もとをたどるってだいじだよね。」
「あ、なかまうちでもりあがってる。」
キビオが笑いました。でもすぐこう言い足します。
「なんとなくわかるよ。つまり、もし神様を見た子がいないかを調べる。じっさいに、すごくまれでも、さがした子はいる。近づいた子はいる。それなら、いろいろ調べて、〈聞き取り〉をして、だれが一番近づいたか、それをたしかめてみる。そこから神様さがしの手がかりをさがしてみる、それが第一歩だね。」
「ね、いいアイデアでしょう。いきなり神様さがしは難しくても、もう近づいた子はいるわけだから、その子の証言をまず聞いてみる。そしたら、ボクたちも、もうすうっと神様に近づいているかもしれない。」
ロルは大きな黒い目をみはってこう言います。姉さんのロラもうなずきました。そしてわたしを指してこう言います。
「つまり、ヨシが一番近い。この中ではね。だって沼の神様を見たクラちゃんのお話を聞いて、そして面白いなって思って、あのお話を書いたんですもの。」
「クラちゃんだけじゃないよ。ホシガラスのホシ君も、最後は神様によばれて星座になるよ。」
ロルはもうお話を読んだという証拠に、こう言ってくれました。
「じゃあ……ホシ君の方がヨシよりか神様に近いね。」
リリーがこう言うと、ロルはなんどもうなずきました。
「それはそうだよ。だって、ホシガラスの神様が〈人生すごろく〉遊びをしに、夜、森に降りてくるんだよ。そしたら、稚児さんだったホシ君もいっしょに遊ぶの。」
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ホシがホシガラスの神様と遊んだ人生すごろく |
まだ『クラとホシとマル』を読んでいない人もいると思いますから、その「人生すごろく」だけはお見せしておきましょう。こういう場面です。リリーは書棚の『クラとホシとマル』から、この絵ののっている頁を選んで開けると、ロルに見せます。ロルは「うん、その絵だよ」とうなずきました。リリーはなっとく顔で続けます。
「さっきロルたちが来たときにね、ちょうどそのホシ君と、ヨシが山で最初に会った時の話をしてたの。」
「その絵がそうなの?」
ロルは壁にピン留めした絵を指して聞きました。絵付けが終わったばかりでまだ少しぬれているので、乾かしているところです。わたしは注意して指先で四方を持ちながら、机の上に置き直しました。
「山頂近くで突然霧がわいてきてね、道に迷うとあぶないなって思ってたら、グェッ、グェッってカエルみたいな声がすぐ近くでして……それがホシだった。岩の近くで鳴いてて、そこには登山道の赤いマークもあったんだよ。矢印はちょうど逆向きだった。ボクが近づくと、ちょっとうなずいて、飛んでいった。それだけだけどね。危ないところを助かったのかもって、あとでそう感じたよ。」
「ヨシは山のことよく書くけど、登山はわりとシロウトだもんね。だのに難しい岩山とか登りたがるし。」
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ヨシとホシの出会い。霧の山頂付近 |
リリーはなかなかきびしいことを言います。
「でも……そうね、なんかかくれんぼと神様の気配がする。ヨシは道をさがしてて、ホシ君は道を教えてくれたなら……それも神様の道だったりするのかな。」
そうわたしもどこかで感じていて、この絵を描いてみたくなったのかもしれません。
キビオが〈調査対象〉を決めました。
「じゃあきまりだね。ホシ君はもう一人、もう一羽いるよ。星空に上がったホシ君の甥っ子。ホシ君が幼いころからどういう風に神様に近づいていったのか、それを〈聞き取り〉するにはぜっこうの子だと思うけど。」
ロラとロルはもうその気でいたようです。ともかく「てがかり」が大事だということ、それはいままでの話でわたしにもよくわかりました。ですからその「てがかり」がどういう風に見つかるのか、とても興味がありました。
こうして、ロラとロルの「神様さがし」が始まったのです。最初は神様に認められて星座になった……かもしれないホシガラスの、その親戚の〈聞き取り調査〉です。それがどういう風に進んでいったのか、それを次にお話しすることにしましょう。
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