ユカタン半島北部のプウクと呼ばれる低い丘陵地帯には、ウシュマル、カバー、サイー ル、シュラパック、ラブナーなどいわゆるプウク建築の名で知られる遺跡が集中してい る。プウク建築の最大の特徴は、土砂とセメントで固めた壁の表面を薄い方形の石灰岩 の板で上張りする点にある。また、下層から上層に両側から少しづつ石片を迫り出して つくる楔型の疑似アーチ、正面入り口の円柱列、そして、建物正面の壁一杯にほどこさ れた石のモザイク模様などによっても特徴付けられている。 この一帯の神殿都市は、7世紀初頭、ほぼ同時に建設が開始され、トルテカの侵入した10 世紀末以降は、このウシュマルを除いて完全に住民から放棄されたと推定されている。 従って建築装飾にあってもここではトルテカの要素は極めて少なく、チチェン・イツァ ーでは頻繁に見られたククルカンに代わって雨の神チャクが顕著になる。
ウシュマルは、プウク遺跡群の中でも最大かつ最も卓越した遺跡であり、ここには、魔 法使いのピラミッド、矩形の尼僧院、総督の館、大ピラミッド、鳩の館などの名で知ら れる壮大な建築物が数多く修復・復元されている。中でも尼僧院と総督の館の西壁に見 られる石のモザイクはマヤ建築装飾の華ともいうべき逸品であり、魔法使いのピラミッ ドのあの丸みをおびた基檀も他では見られない神秘的な雰囲気を醸しだしている。 ウシュマルは、当時の祭祀センターのひとつであったと推定されている。しかし、そこ には、人間の居住していた形跡もあり、とすればこの種の遺跡は、かつては神殿都市と いった機能も備えていたのかも知れない。伝説によれば、ウシュマルは、ある期間、メ キシコ地方からやってきたシュウという一族に支配されていたというが、この神殿都市 を築き上げたのが、どんな人々であったかは、未だ定かではない。